アンティバース、アウターリム

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Endgame Study 08: 楽しさ惑星直列級『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』

 Endgame Study 08

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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マイティ・ソー/ダーク・ワールド』

 

 

のっけからぶっちゃけるが、今作はおそらく嫌われてこそいないが最も好かれてもいない一作だろう。しかしそれで観ないとするにはあまりに勿体ない。

とにかく観ている間はこの映画は楽しい。魅力的で明るいキャラクターたち。前作同様目を見張るように美しい美術とVFX。アクションも豊富で、ユーモアもたっぷりに配置されて実に飽きのこない作品に仕上がっている。112分という上映時間もそれはそれで良い。(これはMCUにおいては『インクレディブル・ハルク』と並ぶ短さだ)

ただ、とにかく『ダーク・ワールド』は何故か印象に残らない。観返す度に新たな発見(というか忘れていただけなのだが)がある。

 

 

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メインヴィランであるマレキス。ダークエルフの首領にしてソーの祖父ボーとの因縁を持ち、そしてインフィニティ・ストーンを生身で1つ扱うほど(そしてどうやらサノスがリアリティ・ストーンを使う時よりも強いパワーを引き出せるらしい)の力を持つ強敵である。彼は眠りより目覚め、アスガルドへ侵攻し、ソーとロキの母であるフリッガを殺害する。そしてダーク・ワールドにて逆に攻め入ってきたソーとロキを圧倒し、エーテルを手に入れ、9つの世界を闇に染めんとする。

 

……なんというカタログスペックであろう。

やっている事はMCUでも指折りの壮大さと強大さである。事実、恐らく当時の時点では登場したキャラクターの中では最強格と言っていいだろう。

 

が、印象がとにかく薄い。このヴィランに関する諸問題はMCUにありがちな問題とはいえ、マレキスは群を抜いて薄い。何故こうなったのか?

 

一つに、バックボーンに主人公サイドとの因縁が薄い。あるにはあるが祖父との因縁なので、オーディンもソーもマレキスに対する敵対心の実感があまり沸いてない。また、彼にフリッガが殺された割には葬儀の後からそのあたりは掘り下げられない。

 

また、例えばブラックパンサーに対するキルモンガーといった、ヒーローと同じパワーソースを有するなどの共通点がない。トニーに対するサノスなどに見られる、行動へのスタンスの陰の共通点などもない。

大体そもそも、相対する主人公であるソーが強すぎる。故にこんなに強大なスペックを有していても差が表現できず、立ちはだかる壁としての描写が出来ない。彼とムジョルニアはインフィニティ・ストーンを有したマレキスにも対等に渡り合う。いや、ソーの映画だから良いんだけど……。

その点カースは強かった。むしろ素のマレキスよりは強化されたカースの方が強そうでかつ怖く見えるのもまた問題である。

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ダークエルフ軍の強化兵士カース。変身シーンがエクストリミスのそれのようだと公開当時から全俺の中で話題に


 

されども、このカラッとした仕上がりはこの映画の大きな魅力でもある。

 

兎にも角にもロキとソーの関係性が良い。

母の死をきっかけに手を組む彼らの会話がお見事。キャプテン・アメリカに変身するロキがまた面白い。 

 

ジェーンやセルヴィグ、ダーシーの三人組などのキャラクターの掛け合いもグッド。セルヴィグが4次元キューブで見た新たな世界とはストリーキングだったと思うと涙を禁じ得ない。

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まさかの全裸に涙がとまらない・・・・

 

んで、ソーが地球にNYぶりに降臨した時にざあざあと降る雨が好きで好きで。

『ダーク・ワールド』は『マイティ・ソー』のロマンス映画としての側面を依然有している。シーンごとに振り返ると愛らしい瞬間ばかりだ。

 

 

アスガルドも前作とは打って変わってSF的な魅力を押し出しており、軍事大国としての彼らの姿を垣間見られる。古代文明であるダークエルフの戦艦のインターフェースが近未来的で、いかにMCUにおける神話の存在が科学的に発達していたのかわかる。

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また、今作はアクションがとにかくフルに詰め込まれている。

 

オープニングはダークエルフと古のアスガルドの戦争である。このシーンを監督したのは『デッドプール』のティム・ミラーと彼のVFXチームだ。当初このシーンは無かったそうだが、ポスプロ時に製作され、冒頭に付け加えられた。結果、前作と同様にオーディンによる伝説の語りから始まることになる。

 

冒頭の合戦シーンも良い。前作でビフレストが堕ちたことによる各地に起こる反乱を食い止めるアスガルドの戦士たち。『ラグナロク』でアスガルドの血塗られた過去が明かされた今観ると少しゾッとするシーンでもある。ここのソーの登場シーンがとにかくアツい。味方のピンチにトレードマークであるハンマーが先行して敵をなぎ倒していき、そしてビフレストでまさに神々しく現れる雷神。『インフィニティ・ウォー』の彼の降臨シーンに通ずるものがある。

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この他にもドッグファイト、逃走劇、クライマックスの次元転移バトルなどアイデアと視覚的表現に満ちた実に多彩なアクションが展開されるのが『ダーク・ワールド』の大きな特徴だ。観ていると本当に飽きない。

 

また、ムジョルニアとソーのコンビネーションの演出が今作は見事。彼がムジョルニアを呼び出し、手に取る数々のシーンはブライアン・タイラーのスコアと共にアガること間違いなし。トレードマークとしてのムジョルニアを盛り上げどころで大いに活用している。

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ムジョルニアが手に戻る瞬間の収め方がカンペキ!

 

今作は実は『キャプテン・アメリカ』シリーズと『インフィニティ・ウォー』のクリストファー・マルクス&スティーブン・マクフィーリーのコンビが脚本に名を連ねている。

彼らの作風はそのキャラの掛け合い(なんせ彼らはマイケル・ベイの実録爆笑犯罪劇『ペイン&ゲイン』の脚本も書いている)だけでなく、ジェーンを救うため、そしてマレキスにリベンジする為にオーディンに立ち向かうことを禁じられながらもその命に反逆し、ロキと共に出撃するという展開にも現れている。これは『キャプテン・アメリカ』の3作とも見事に共通する。正しい事をする為にはたとえ命令にも逆らい、動くのが彼らの描くヒロイズムのひとつと見ることもできる。

 

 

こんな魅力が詰まっている作品が、どうして印象に薄いのかは不思議だ。ただ、鑑賞中はしっかり、いやかなり楽しい作品であることは保証したい。エンターテインメントとしては一流に数えたい一作だ。

 

 

余談ONE SHOT: マーベルスタジオズの、ディレクションに対するディレクション

 

今作の監督は後に『ターミネーター:新世紀』を監督するアラン・テイラーだが、彼に決まるまでは監督選びは難航していた。

まず、前作を監督していたケネス・ブラナー。彼は結局の所プロデューサーとしてクレジットされ、監督にはならなかった。(報道では様々な制約の末に監督を辞退した、とされている)

 

次に白羽の矢が立ったのは『ゲーム・オブ・スローンズ』のエピソードなどを監督しテレビ界で活躍していたブライアン・カーク。

しかし彼は交渉のみに終わっている。

 

そしてついに起用されたのが、あの『ワンダーウーマン』『モンスター』のパティ・ジェンキンスである。

彼女は2ヶ月のあいだ、実際にマーベルと共に仕事をする。

しかし彼女も「創作上の相違」を理由に降板する。

 

ジェンキンスのプランは、『ダーク・ワールド』をソーとジェーンの遠距離な関係からくる「ロミオとジュリエット」風なスペースオペラにするものだった。しかし、脚本の主導権はスタジオ側にあった。故に彼女は監督を降りたのだという。

www.indiewire.com

 

 彼女がMCUファミリーに正式加入していればアメコミ映画の歴史はまた変わっていたかもしれない。(後に監督するのがまた神話系ヒーローのアメコミ映画というのが因果なところだ)

 

これらを経て、マーベルが『ゲーム・オブ・スローンズ』の数エピソードのメガホンを取ったアラン・テイラーとダニエル・ミナハンを彼女の後続として起用しようというニュースが報じられた。

 

結果、我々の知っている通り最終的なメガホンはアラン・テイラーに渡ることとなる。

 

これらの経緯は、マーベルスタジオズの人選を考察するにあたり非常に興味深いものになっている。

 

まず、マーベルがここではテレビドラマ畑で実績を上げている作家を発掘しようと試みているのが見て取れる。彼らは当時テレビ界で活躍していたフィルムメーカーばかりだ。

ジェンキンスは『モンスター』の2003年の時点で既に主演のシャーリーズ・セロンがオスカーを手にするなど批評的成功を収めていたが、2011年〜2012年の『ダーク・ワールド』のプリプロダクション時はテレビドラマやテレビ映画でも活躍していた。

 

そして彼女は2004年に『ブル〜ス一家は大暴走!』(原題:Arrested Development)の1エピソードも監督している。このドラマは、ロン・ハワードが製作し、そして実はあのルッソ兄弟がキャリア初期にパイロットエピソード並びに多数のエピソードを監督するなど、メインスタッフとして関わっていたドラマである。

テレビドラマ畑の作家といえば、ルッソ達もまた例外ではない。ケヴィン・ファイギは『コミ・カレ!!』の彼らが手掛けたエピソードを観てコンタクトを取ったのだ。()

 

そもそも、ご存知の通り、MCU映画は単独で完結される映画とは違い、テレビドラマ的な色が強い。ポスト・クレジットというクリフハンガーで幕を閉じ、観客に次作への興味を掻き立てる。キャラクターや世界はリアルタイムと呼応するようにデベロップメントされる。エピソード間を様々な監督がリレー形式で大きな話を紡いでいく点も類似している。(ただ、1作1作に全力投球しシリーズ構成は詳細に決められていない点は違うかもしれない)

 

HBOのファンタジー大作ドラマゲーム・オブ・スローンズの作品名が見え隠れするのも興味深い。マーベルが中世ファンタジー風の作品を製作するにあたってこの大人気ドラマを参照し、適役を探し出したのであろうというのは想像に難くない。

 

ちなみにこの『GoT』とMCUの10年代のエンタメ界を代表する2大叙事詩は、どちらも今年に完結する。ファイナルシーズンはこの4月に放送開始。なんとも奇妙なシンクロだ(リアタイで楽しむために頑張って追いたいけどどうしても今はMCUを優先してしまう…)

 

ところで、『ダーク・ワールド』のブルーレイに収録されている音声解説には、監督のアラン・テイラー、撮影監督のクラマー・モージェンタウに、トム・ヒドルストン、そしてケヴィン・ファイギが席を並べている。特にファイギの音声解説は他の作品のものには参加していないため非常に貴重だ。『エンドゲーム』の音声解説には是非とも彼も再びマイクの前に座って11年間を振り返ってもらいたいものである。