喪失のマルチバース:マーベル・シネマティック・ユニバース フェーズ4
「マルチバースは実在する?」
───ピーター・パーカー(スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム)
無限のかなた
度重なる延期。幾度もの公開スケジュールの変更。
『エンドゲーム』での時間的空白が現実に表出するかのように、
2020年の空白期間を経て、
2021年1月、ディズニー+にて『ワンダヴィジョン』が配信開始。
コロナ禍による映画館興行の延期の煽りを受け、本来その嚆矢を担うはずだった『ブラック・ウィドウ』から入れ替わり、『ワンダヴィジョン』が、
マーベル・シネマティック・ユニバースのフェーズ4の封を切った。
そして、2022年11月。
1年10ヵ月のうちに怒涛の17本発表の勢いをそのままに、
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』をもって、しかしてしめやかに
その幕は閉じられた。
MCU フェーズ4、その物語は端的に言ってしまえば、
『エンドゲーム』のその後、あるいは大きな喪失体験を経た後、どうすればいいのか?という迷いだ。
新ヒーローと世代交代を謳いつつ、マルチバースという大きな概念がいよいよスクリーンに登場しながらも、物語の大きな骨身となる指針は見えてこない。
ただそこに共通していたのは、
“『エンドゲーム』以後”というトピックだ。
『Ms.マーベル』の、ポストMCU・『エンドゲーム』の現実を反映したかのようなメタ的なファンダム表現、
『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』での、アメリカ保守による「キャプテン・アメリカ」の価値観の表れと、シンボルを担うことの意味、
『シー・ハルク』にて示唆された、いわゆるインセルの界隈による「キャプテン・アメリカ」の多様な偶像化(貧弱な白人男性が、大きな力を手に入れるという歪んだマッチョな願望)。あるいはシンボルを違う属性を持つ人間が担うことへの一部の人間の拒否反応のメタ的な表現。
これらは我々が『エンドゲーム』以後という身体にあるが故に、行えているストーリーテリングであるかのように思う。
一方で、『エンドゲーム』以後のMCUでしか成し得ないもう一つの大きな主題がある。
それは、続いていくが故に
終われないコンテンツによる、
エンディング(=『エンドゲーム』)の破壊である。
喪失のあと
『ワンダヴィジョン』『ブラック・ウィドウ』から、『ブラック・パンサー/ワカンダ・フォーエバー』など、
フェーズ4の作品に通底して見られたモチーフは、「喪失」だろう。
インフィニティ・サーガとマルチバース・サーガの明確な違いは、
我々にはインフィニティ・サーガがあった、という過去形の事実だ。
インフィニティ・サーガは、アイアンマンという大きなコアを喪ったことで幕を閉じたということは誰も否定しないだろう。
マーベルスタジオズとMCUの軌跡を辿った大著『The Story of Marvel Studios』の表紙は、インフィニティ・サーガの在りようを表現するかのように、
最初にトニーが洞窟の中で造ったアイアンマン マークIと、
彼が最後に造ったナノガントレットが
それぞれ上下巻に箔押しで施されている。
インフィニティ・サーガは、ヒトの知恵と意思が、希望のコンティニューへのバトンを紡ぐという物語だった、という表明であるように思えるのだ。
スティーブ・ロジャースも、キャロル・ダンヴァースも、ブルース・バナーも、科学の力で造らていた。
時に道に外れながらも、科学がヒトを強化する……そうした今までのMCUのアイデンティティを体現する存在が、アイアンマンであったと言えよう。
しかし、マルチバース・サーガは、そのアイデンティティを喪ったことから発している。
随所に見られる「ブリップ」の影響。
フェーズ4は、全体を通して大きな喪失が影を落としている。
そして『エンドゲーム』は決してハッピーエンドではない。
『ワンダヴィジョン』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』『ブラック・ウィドウ』と『ホークアイ』は、その事を挑発的にも描き出している。
エンディングの否定から発するこの物語は、単に『エンドゲーム』の結末を批評するに留まらない。
マルチバース構想のスクリーン導入に伴い、
MCU以前の過去作のエンディングも否定され、恐らく永久に続く物語の一部に組み込まれる。
終わったはずのシリーズ作品のキャラクターも、その足跡は続いていく。
マルチバースは、終了を喪わせた。
しかしながら、永久の喪失もMCUには存在している。
『ワカンダ・フォーエバー』でのチャドウィック・ボーズマンへのトリビュートは、フェーズ4のみならず、MCUが何故MCU足りえたか、その精神性と在り方を大きく象徴するものだった。
俳優はヒーローとなり、ヒーローは俳優となる。
現実世界の時間と同期し、現実との相互作用的な世界を創り出していたMCUによる最大限のトリビュートであったように思う。
『エターナルズ』は、クロエ・ジャオの作家性により、俳優=身体性の表現はもちろん、
エターナルズ達のアイデンティティの喪失からなる、更なる進化の可能性を見せたという点で、フェーズ4的な精神性を体現せしめたタイトルだ。
マルチバースにむけて
『ホークアイ』から、マーベルスタジオズ作品には「A Kevin Feige Production」というクレジットがなされるようになった。
『ホークアイ』は、『デアデビル』よりヴィンセント・ドノフリオによるキングピンが登場するという、ファイギが関わっていない作品のキャラクターが初めて登場する作品だった。*1
以降、『ノー・ウェイ・ホーム』ではマット・マードックや往年のスパイダーマン、ヴェノム、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』ではアンソン・マウントによるブラックボルトなど、続々と彼の非指揮下だったキャラクターが軒並みマーベルスタジオズ作品に登場している。
こうなると、NY決戦で死んだはずだった彼とか、ハッカーでインヒューマンズの彼女とか、髑髏マーク大好きなあの元軍人とか、そういうあれの登場と絡みを期待してしまうが……。
これらの方針の転換と、マルチバースの導入にあたって、ケヴィン・ファイギがマーベルスタジオズのみならず、マーベル全体の制作面を統括する立場になったのは些か示唆的だ。
『ホークアイ』でのタイミングでこのクレジット変更は、やはりどうしてもそういう意味という風に見える。
在り続けるものは変わり、神聖時間軸は無くなった、ということか……。
そんな中で、フェーズ4は、迷いに素直すぎたと言える。
確かに、インフィニティ・サーガのフェーズ3ほどの勢いや、ワクワク感は薄いという意見は否めない。
しかし、あそこまでの盛り上がりを作るための、
その盛り上げ方を誰よりも熟知していたのがMCU、
マーベルスタジオズではなかったか。
来る2/17、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』より、いよいよフェーズ5の幕が上がる。
王朝の勃興と、大戦争へと繋がるであろう狼煙を、今かと待ちわびんばかりだ。
最後に…
フェーズ4 私的ランキング
- エターナルズ
- ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
- Ms.マーベル
- スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム
- ホワット・イフ
- シー・ハルク:アトーニー
- ファルコン&ウィンター・ソルジャー
- ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス
- ワンダヴィジョン
- シャン・チー/テン・リングスの伝説
- ロキ
- ブラック・ウィドウ
- ソーラブ&サンダー
- ホークアイ
- ムーンナイト
- ウェアウルフ・バイ・ナイト
またまた最後に…
当ブログがこよなく愛し、度々参照している
『The Story of Marvel Studios』ですが、
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